50代で突然主夫になった元調理師が明かす「家事のリアル」|難病がくれた5つの気づき

【50代で主夫になって生活が大きく変わった】

主夫として過ごす中で、いろいろな発見があった。

大きな発見もあれば、小さな気づきもある。

誰かにとっては当たり前のことかもしれない。

でも自分にとっては、どれも50代になって初めて知ったことだ。

今回は、そんな気づきを少し書いてみたいと思う。

家事は思っていたより大変

洗濯物を干す

食器を洗う

床を拭く

一つひとつは大した作業じゃない。

でもそれが365日、休みなく続くとなれば話は別だ。

仕事なら休日がある。

でも家事に土日はない。

風邪をひいても、

気分が乗らない日も、

飯は食うし洗濯物は溜まる。

買い物は意外と頭を使う

調理師だった頃、

食材の仕入れは「店のお金」だった。

多少オーバーしても、

それは店の経費だ。

でも主夫の買い物は自分の家計が直結する。

同じ野菜でも、

  • 今日買うべきか、明日の特売を待つべきか
  • まとめ買いで安くなるか、使い切れずに腐らせるか
  • 安い食材で、家族が喜ぶものを作れるか

この三つが、常に頭の中でぐるぐる回っている。

③ 食事を作るのは責任がある

主夫の食事作りは家族が喜ぶ姿を想像する事だ。

  • 今日は何を作るか
  • 冷蔵庫に何が残っているか
  • 昨日と同じものにならないか
  • 家族は何を食べたいか
  • 栄養のバランスは取れているか

「作る技術」より「考え続けること」の方が、実はずっと消耗する。

④ 家のことを考える時間が増えた

仕事をしていた頃、家は**「帰る場所」**だった。

疲れたら帰り、ご飯を食べ、風呂に入り、寝る。

それだけだった。

家の中がどう回っているか、

正直ほとんど考えたことがなかった。

でも主夫になって初めて、

家の中に無数の仕組みが必要だと気づいた。

ゴミの日から逆算して、

買い物の計画を立てられないか

洗濯はいつやれば動線が楽か

掃除の順番を変えれば時間が短縮できないか?

食材の置き場所を変えれば、料理が少し早くなるか?

⑤ 普通の生活がありがたい

難病になり、生活が大きく変わった。

だからこそ、普通の毎日がありがたいと感じるようになった。

たとえるなら、

ずっと当たり前に使えていた水道が、ある日突然止まった感覚に近い。

止まって初めて、

水があることのありがたさに気づく。

あって当然だと思っていたものが、

実はそうではなかったと知る。

指定難病の診断が下りた日のことは、今でも鮮明に覚えている。

医師の言葉を聞きながら、頭の中が真っ白になった。

昨日まで普通に過ごしていた日常が、

その瞬間から**「普通ではなくなった。」**

朝、目が覚める。

それだけで、少しありがたいと思うようになった。

ご飯が食べられる。歩ける。家族と話せる。

以前なら何も感じなかったことが、今は一つひとつ、小さく胸に刺さる。

難病になって、失ったものは確かにある。

でも気づいたものも、確かにある。

「普通」は、普通じゃなかった。

毎朝エプロンをつけながら、今日もそれを噛みしめている。

まとめ

主夫になって

生活の見方が少し変わりました。

調理師として厨房に立っていた頃、

仕込みや片付けが大変だと思っていた。

でも店が終われば仕事は終わりだった。

家事に「閉店」はない。

それが主夫になって、一番最初に気づいたことでした。

そして今日もまた私は、

味噌汁を作る。