難病になってから怒りっぽくなった・ぼーっとすることが増えたと感じている方へ



見えてなかったものが見えるという事

難病になって在宅主夫になってから、
今まで見えてこなかったものが見えるようになりました。

でもそれって、傍から見ると「ぼーっとしてる」とか
「怒りっぽくなった」に映るらしいんですよね。
嫁に「パパ大丈夫?」と言われた日に、
そのことに気づきました。

当人にしかわからない感覚って、あるんだと思います。

なってみないとわからない。
今日はそんな話を書いてみます。

なぜそう思うようになったのか?

「パパ大丈夫?」のひとこと

ある日、嫁に言われました。

「パパ最近、ぼーっとしてることが多くない?
あと、なんか怒りっぽくなってない?」

そして「パパ大丈夫?」と。

正直、最初は「そうかな?」と思いました。
自分ではそんなつもりがなかったから。
ぼーっとしているつもりもないし、
怒りっぽくなったつもりもない。

でも嫁がそう感じているということは、
傍から見るとそう映っている
ということなんですよね。

「なんでそう見えるんだろう」
と考えてみました。
そうしたら、
思い当たることがありました。

仕事をしていた頃は、見えていなかったものがある

調理師として働いていた頃は、
とにかく仕事中心の毎日でした。

朝起きて、仕事に行って、
帰ってきて、ご飯食べて、寝る。
その繰り返しです。
考えることといえば、
仕事のことばかり。
明日のメニューのこと、
食材の仕入れのこと、
スタッフのシフトのこと。

家のこと、生活のこと、
細かい日常のことは、
正直あまり見えていませんでした。
見えていたけれど手が回らない、
という方が正確かもしれません。

でも今は違います。

在宅で主夫をやっていると、
時間があります。
家の中にいる時間が長い。
そうすると、
今まで見えてこなかったものが、
いろいろと見えてくるんですよね。

なぜ、自分の食べた食器ぐらい下げない?

見えてきたもの、というのは

たとえば、こういうことです。

嫁が毎朝どんな順番で
家を出る準備をしているか。
どのタイミングで
ため息をついているか。
疲れているときと元気なときで、
帰ってきたときの顔がどう違うか。

今まで全然気づいていませんでした。

それから、家の中のこと。
冷蔵庫の中が何日でどう変わっていくか。
洗濯物の量が曜日によってどう違うか。
掃除をさぼるとどのくらいで
埃が目立ち始めるか。

なぜ、子供たちは自分の食べた
食器すら下げないのか?。

こういう細かいことが、
在宅にいるとよく見えるように
なってくるんです。

考える時間が増えた

見えてくるものが増えると、
考えることも増えます。

「これはどうしたらいいか」
「もっとうまくやれないか」
「嫁の負担を減らすには何ができるか」
そういうことを、
ぼんやり考えている時間が増えました。

傍から見ると、
ただ「ぼーっとしている」
に映るらしい。

でも本人的には、
いろいろ考えているんです。
考えながら、止まっているだけで。

怒りっぽくなった、というのも

嫁に「怒りっぽくなった」と
言われたことも、少し考えました。

難病の症状や痛みが、
気持ちに影響していることはあると思います。
体がしんどいと、余裕がなくなることはある。
それは正直、否定できません。

でも同時に、こういうことも思いました。

今まで見えていなかったものが見えるようになって、
「こうした方がいいのに」とか
「なんでこうなってるんだろう」
と思う場面が増えた。
それが表情や態度に出ることがあるのかもしれない。

仕事をしていた頃は、
見えていないから気にならなかった。
見えるようになったから、
気になるようになった。
そういうことなのかなと、
自分なりに分析しています。

なってみないとわからない

これ、当人にしかわからない
感覚だと思うんですよね。

難病になって、仕事ができなくなって、
在宅で主夫をするようになった。
その経験をしていない人に
「こういう感覚があるんだよ」
と説明しても、
なかなか伝わりにくい部分があります。

嫁は毎日そばにいてくれて、
私のことを心配してくれている。
それは本当にありがたいし、
「パパ大丈夫?」と聞いてくれることも、
心配してくれているからこそだとわかっています。

でも、「ぼーっとしてるんじゃなくて、考えてるんだよ」
という感覚は、なかなか伝えにくい。

難病になる前の自分には、
たぶんわからなかったと思います。
仕事に追われていた頃の自分には
こういう感覚を持つ余裕もなかった。

それが良いことなのか悪いことなのか、
正直まだよくわかりません。
でも、今まで見えていなかったものが
見えるようになったことは、
悪いことだけじゃないとも思っています。

それでもおなかは減るんですよね

嫁に「パパ大丈夫?」と言われた日に
気づいたことがあります。

傍から見ると「ぼーっとしている」「怒りっぽくなった」
に映っていても、
本人的には今まで見えていなかったものが
見えるようになって、
それについて考えている時間だったりする。

その感覚は、なってみないとわからない部分があります。

難病になって、在宅主夫になって、
失ったものはたくさんあります。
でもその一方で、
今まで見えていなかったものが
見えるようになった。
それもまた、
この生活が教えてくれたことの
ひとつだと思っています。

嫁の「パパ大丈夫?」という言葉は、
心配してくれているからこそのひとことです。
大丈夫かどうか聞いてくれる人がそばにいることは、
本当にありがたいことだと思っています。

完璧に説明できなくても、
伝わらない部分があっても、
それでいい。

今日も嫁からの「帰るねー」の一言のメッセージを
待ちながら、夕食を作るために台所に立っています。